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  • Posha

ただただ、ライトボディへ

更新日:2020年3月27日

インドにいると木っ端微塵に古い自分は壊れる。

これがしたいこと、いつも魂の要求は深い。


これまでの地球での常識。

闘いか、防衛か、保身…このどれかでしかなかったパターンの外に出て、そのどれでもない領域で味わう意識状態へ、

ただ観察者として在るところへチューニングしようとしている。


昨日も上機嫌に歩き回っていた。

カフェでビリアーニを食べた。そして口の中にクローブや香辛料、ハーブの香りが広がってゆく。思い出される遺伝子の記憶か、何か深いもの。

人々の瞳、街の喧騒、土埃、クラクション、匂い…全てがものすごいスピードで知っている身体を開いて行くような。


食事のあと、お昼時に行って閉まっていたお店に再び、行った。

さっきまで元気だったのに、急に目眩が襲う。

次元が揺らぐような。とても楽しみにしていた場所だったのに、私だけお店の外に出た。漢方薬を水で飲み干した瞬間に、ある男性に話しかけられる。

ちょっと待って、と私はまだ薬が喉に詰まっていたので、男性にジェスチャーしてもう一度水を飲んだ。男性が英語で日本人ですか?こんにちはと話しかけて来た。

今晩、ここでフィルムフェスティバルがあるのでぜひ観に来て、と。

私は、どんな映画ですか?と質問する。男性は建物の入り口にあるパンフレットを手に取り、それを広げ、タイムスケジュールを示してくれた。

最後に日本語で、さようならと言った。


そのあとみんながお店から出てきて、私がここでフィルムフェスティバルやってるんだってよ、ちょっと中をのぞいて。と言うと数名が建物をのぞいてくれた。軽い目眩を感じながらも私も覗き込んだ。映画祭をやってる様子もなく、外国人がいて何かを登録していた。チベット人や外国人の住居とかの登録なのかなと思った。


何かここでは共同体の匂いがする。シュタイナーの共同体と同じ波動。

お店の製品も全てハンドメイドで、共同体で作られたものと感じられた。


足早にホテルへ戻る道も、身体は不安とまだまだ知りたい、街と触れ合いたい思いとが交錯する。並んで歩くこともできないような細い坂道を必死にあるき、ホテルのベッドへ倒れ込み、ヒーリングされる。

エラゴンが身体から圧力抜いてくれて、少し楽になる。

そのあと、バルコニーに出ると山が光り輝いてる。

どこかで結婚式の宴のパレードの太鼓や、ラッパの音色と花火の音。

インドが好きで、インド人になりたいと泣いている私の中のインドのDNAが一気に目覚める感じ。背中から解放されるようなハートからの放水。


そしてその瞬間に、目の前の山の谷あいからドラゴンのようなスピリットが谷を昇りあがって行く光景。全員で見た。

ミモザが言うには2体らしい。その時も大泣きした。


あとでいろんなことが思い出された。

フィルムフェスティバルの会場前で話しかけられた男性はチベット人で、このフェスティバルのディレクターということ。ウィキペディアにも載っていた。

美しい笑顔の男性だった。


子どもたちが街のバザールで購入したヤクのショールを着てバルコニーに。

エラゴンは上下で1000円の服をチベット人のお店で購入。

この服を着たエラゴンは誰だろうと思うほど懐かしい面影。


映画祭のパンフレットの写真に出ている山がダウラダル。

私たちのホテルから見えている山。


今朝はこのダウラダルと交信、愛し合った。

朝の4時から、ダラムシャラの歴史、街角の風景を高速でシャッターのように処理してきた2日間のクリアリングとともに。


エラゴンの優しさ、強さ、賢さが、今の私ー異国で迷子になったような私、真の意味で自由になりたい私を、明るく照らす。また子どもたちの明るさ、賢さも。


私は私を超えて、本質にただ還りゆく。

手放し続ける、ただただライトボディへと。




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